第5回憲法談話室の報告

8月7日第5回憲法談話室の報告
矢澤新一郎
憲法談話室は8月7日(日)、「原発」をテーマ第5回目の談話室を開いた。講師は千葉若手弁護士の会の藤岡拓郎弁護士であった。この談話室を通して大変残念であるが、日本は立憲国家でもなく、法治国家でもなく、自主独立国家でもないことが明らかとなった。
以下はその具体例である。
2011年8月、福島第一原発から45キロ離れた名門ゴルフ場が、コース内の放射能汚染がひどく営業停止に追い込まれたため、放射能の除洗を求めて東京電力を訴えた。ところが、この裁判で東京電力側の弁護士が驚くべき主張をした。それは「福島原発の敷地から外に出た放射性物質は、すでに東京電力の所有物ではない「無主物」である。したがって東京電力にゴルフ場除洗の義務はない。」無主物とは「だれのものでもないもの」という意味であり弁護士が東電の責任逃れのために使ったことばである。これについて東京高裁は、さすがに「東京電力の所有物ではないから除洗の義務はない」という主張は採用しなかった。しかし「除洗方法や廃棄物処理のあり方が確立していない」という理由をあげて、東京電力に放射性物質の除去を命じることは出来ないとしたのである。
わたしたちは、日本には汚染を防止するための法律はないのか?と考える。しかり日本にもこれを防止するための法律がある。大気汚染防止法、土壌汚染対策法、水質汚濁防止法がそれである。しかし、大気汚染防止法第27条一項には、「この法律の規定は、放射性物質による大気の汚染およびその防止については適用しない。」とある。また、土壌汚染対策法の第二条一項には「この法律において特定有害物質とは、鉛、ヒ素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く)である。」とある。そして水質汚濁防止法第23条一項には、「この法律の規定は、放射性物質による水質の汚濁およびその防止については適用しない。」とある。
さらには環境基本法(第13条)においても放射性物質による各種汚染の防止について記されている。しかし「原子力基本法その他の関係法律で定める」とあるのみで今現在、何も定められていない。それゆえ、わたしたちはゴルフ場汚染裁判における東電側の弁護士の不可解な主張の意味についても、ああそういう意味だったのかと知ることができる。即ち、東電側はたとえ放射能がゴルフ場を汚染していても法的には汚染じゃないから除洗も賠償もする義務がない、と主張したのだ。とすれば家や畑や海や大気も同じことになる。しかし、東電はこれを正直に公表したら暴動が起きるだろうから今は「原子力損害賠償紛争解決センター」という機関をつくって加害者側のふところが痛まない程度に勝手に金額を決めて支払い賠償するふりをしているのである。
上記の環境基本法の第13条は福島原発事故から1年3カ月たってから削除された。同時に大気汚染防止法と水質汚濁防止法における放射性物質の適用除外の規定も削除された。ただし、13条が削除された結果はどうなったのだろうか。なんと放射性汚染については、ほかの汚染物質と同じく「政府が基準を決める(16条)」「国が防止のために必要な措置をとる(21条)」ということになったのである。しかし、肝心かなめのその基準は何も決められていないのである。だから、法律が改正されても放射性適用除外はつづいている。だから、もし、次の事故が起きて、あろうことか政府が100ミリシーベルトのところに人を住まわせる政策をとったとしても国民は法的にそれを止める手段がない。いま、日本はそのような人権無視の法制度のもとにあるのだ。
何故なのか。わたしたちはもう5年もたつのに政府は何をやっているのかと思う。しかし、その答えは日本政府だけでは決められないからがその答えである。環境基本法の改正とほぼ同時に原子力基本法が改正された。そしてその2条2項に原子力に関する安全性の確保については「わが国の安全保障に資する(=役立つ)ことを目的として行うものとする」とある。どういうことだろうか。日米間の協定の中に日米原子力協定という名の協定がある。これは日米地位協定と同じで日本側だけでは何も決められない構造をもった協定である。決めていいのは電気料金だけである。その12条4項にこうある。「どちらか一方の国がこの協定のもとでの協力を停止したり、協定を終了させたり、核物質などの変換を要求するための行動をとる前に日本両政府は、是正措置をとるために協議しなければならない。そして要請された場合には他の適当な取り決めを結ぶことの必要性を考慮しつつ、その行動の経済的影響を慎重に検討しなければならない。」
だから砂川裁判以来、日本政府と最高裁は国家レベルの安全保障に関する問題については絶対に憲法判断をしないという現憲法を無視しその機能を停止する判断に徹しているが、原発に関する安全性の問題も全く現憲法の機能を無視、停止し、すべて法的コントロールの枠外へ追いやる行政を続けているのである。その行き着いた先が、現実に放射能汚染が進行し、多くの国民が被爆し続ける中で川内・伊方原発の再稼働、並びにインドやトルコへの原爆輸出という狂気の政策である。
現憲法第81条には「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」とある、しかし今の最高裁判所と政府は日本国憲法よりもアメリカとの条約を上位に置いているために日本国の憲法に全く違反した存在である。
福島原発事故によって原発の安全神話は崩壊した。しかしアメリカ政府の背後には国際原始村と呼ばれるエネルギー産業や国際資本がある。また安倍政権の背後には官僚組織や原発利権を諦められない貪欲な政治家たちがいる。原発によって核武装の夢を追い続けている右派グループもいる。それゆえアメリカをはじめこれらの原発を動かそうとする勢力に従順に従う安倍政権は原発再稼働と輸出という狂気の政策を推し進めているのである。
沖縄の米軍基地墜落事故では、米軍が現場を封鎖して情報を隠蔽した。そしてしばらくすると米軍が「安全性が確保された」と言って平然と危険な訓練を再開した。福島でもその後、実際にそうしたいと画策しているかも知れない。沖縄イコール福島なのだ。その沖縄には1957年日米間で交わされた秘密文書がある。「新しい基地についての条件を決める権利も、現存する基地を保持しつづける権利も、米軍の判断にゆだねられている。」この密約から考えられ場ば福島の今後もアメリカにゆだねられていることになる。「外国軍が駐留している国は独立国ではない。」これは世界の常識である。一日も早く独立した国になろうではないか。
福島では20万人の人々が家や田畑を失い、仮設住宅で明日をも知れぬ日々を送っている。いくら室内を拭いても戻ってしまう放射線の数値。家の周辺を除洗してまたもとに戻ってしまう数値。とくに小さなお子さんを持つお母さん方の苦しみは言葉には言い表せないものがある。ましてや事故後300キロ圏内に住む18歳以下の人々に甲状腺癌が激増(平常値の70倍)しているという知らせに接したとき彼らの未来と日本の未来をうれえる。
それにしても、誰もが大変おかしいと思うのは、福島の原発が歴史的な大事故を起こし無数の人々の家や田畑を奪っておきながら、その責任を問われた人物が一人もいないということである。なぜこの大惨事の加害者は罰せられないのか。警察はなぜ東京電力に捜査に入らないのか。安全対策は万全だったのか。なぜ検証しないのか。そして家族や家や田畑を失った被害者になぜ、正当な補償が行われないのか。2012年1月8日、当時の井戸川町長は福島県庁で面会した当時の野田佳彦首相にこう訴えている。「われわれを国民とおもっていますか。法のもとの平等が保障されていますか、憲法で守られていますか」
ここに「原発がどんなものか知ってほしい」という一文がある。これは平井憲夫さんという20年にわたって福島、浜岡、東海で14基の原発建設を手掛けた現場監督が書いたものである。彼はこの一文を残した後長年の被爆によるガンのため1997年に亡くなられた。まだ57歳という若さだった。彼は核のゴミについて次のように書いた。

「どうしようもない放射性廃棄物」平井憲夫

原発を運転すると必ず出る核のゴミ、これは 毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は 低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間 もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。
日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこ の原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海 に捨てていました。その頃はそれが当たり前だった のです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉 の沖に捨てに行っていました。
しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は 一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと 思ったのがはじめでした。
現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから 三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年も続くのかどうか。どうなりますか。
もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残っ た放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの 会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。 この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。
原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早 く、原発を止めるしかなんですよ。
私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。
それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ 経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

ところで、いま、日本政府や自民党はこの原発をどう考えているだろうか。驚くべきことに「核を軍事的な抑止力とみている。そしてやめるべきではない(石破茂)と考えているのである。これを上記の平井憲夫さんが聞いたら、なんと言うであろうか。「原発を核兵器・武器にするつもりなのかい。冗談はよしてくれ。原発で何人の人を犠牲にしたら気が済むのかい。犠牲はわたしたちだけでたくさんだ。原発は抑止力どころか日本中を核のゴミだらけにするんだよ。抑止力というが54基もある原発がテロ実行犯に狙われたらどうするんだ。抑止力どころか、かえってテロ誘発所になってるよ。狙われたら日本はなくなるよ。早く原発をとめてくれ。」
わたしたちも平井さんの犠牲を無駄にしないように反原発運動に励もうではありませんか。
(2016年9月20日記)

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