第6回20160904憲法談話室の報告

9月4日に開催した第6回憲法談話室の報告

今回のテーマは緊急事態条項。講師は憲法を考える千葉若手弁護士の会の土居太郎弁護士であった。

■緊急事態条項とは何か
さて、緊急事態条項とは何だろうか。憲法学者・芦部信喜氏によって次のように定義されている。「戦争、内乱、恐慌ないしは大規模な自然災害などで、平時の統治機構では対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するために立憲的な憲法秩序・基本的人権と三権分立を一時停止して非常措置をとる権限・国家緊急権のこと」
この定義からは三つの注視すべき点がある。
一つは、これはあくまでも非常事態においてとられる権限・制度である。
二つは、国家権力・政権が、国民のためではなく国家の維持のために平常時とは異なる行政権をとること。
三つ目は、政府への過度な権力の集中によって国民の基本的人権と司法・律法・行政の三権が停止ないしは過度に制約を受けることである。

現代社会において一番大切なことは基本的人権である。これは万人が世界史の中でつくりあげてきた最大にして最高の財産である。国家もこの基本的人権を実現するためにつくられた一手段である。三権の分立も国家が権力を濫用しないように互いに牽制し合うようにつくられた人権を実現するためのしくみである。ところがこの国家緊急権は万人が世界史の中でつくりあげてきた基本的人権思想とは全く真逆である。なぜなら一番大事なのは国家であり、これに権力が集中され、国家のために万人の基本的人権が強度に制約されることになる。人権実現のための国家が目的となり、万人の基本的人権が国家によってないがしろにされるのである。この構造はフランス革命前・人権思想が出る前の絶対王政と同じ構造である。現に国家という言葉を国王という言葉に変えてみればこのことが明らかになる。日本の場合には戦前・戦中の天皇(あるいは天皇を利用した当時の軍隊を含む政権)に置き換えてみれば明らかとなる。
いや、緊急時だから人権の制約や三権分立の停止はやむを得ないだろう、という論法がある。しかし、緊急時であるからこそ人権の保障や権力の分立は必要であり、これを一時とはいえ停止するのは危険きわまりない。人類が世界史の中でつくりあげてきた最大にして最高の財産・基本的人権と国民を大きな危険に晒すことになる。

■現に国家緊急権は歴史的に多くの国で濫用されてきた。
一つは不当な目的で使われた歴史がある。国家とは一般的には政府・議会・裁判所を意味するが、行政府は緊急事態ではないのに緊急事態だと言って強大な権力を握り、不当な目的でこれを駆使し国民の人権を制約しがちである。
二つには期間の延長である。政府は緊急事態が去った後も、一端握った強大な権力をなかなか手離さないで期間を延長してきた歴史がある。延長された期間、人権保障の停止あるいは制約はずっと続くことになる。
三つには、裁判所と議会の働きが停止あるいは制約を受けるため議会と裁判所の政府に対するコントロールが一切できないことになってしまう。

■自民党の憲法草案・第九章 緊急事態
(緊急事態の宣言)
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することが出来る。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を越えるごとに事前に国会の承認を得なければならない。
4 略
(緊急事態の宣言の効果)
第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係わる事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せされる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 略

■立法権と予算議決権が内閣に移行
さて、上に掲げた自民党の緊急事態条項はどうであろうか。
自民党草案は98条と99条にそれを掲げている。現在の国会で安倍総理は自民党草案は行政府の作成したものではないという言い訳をしているが、その本音を語るものであることは明らかである。
98条の一項で「外部からの攻撃、内乱、地震その他法律の定める緊急事態において、内閣総理大臣が、閣議にかけて緊急事態の宣言を発する。」とある。そして同条二項で第一項の緊急事態宣言は「法律の定めるところにより事前または事後に国会の承認を受けなければならない」としている。
ところが、99条一項では「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することが出来る」となっている。これは緊急時には立法権が国会から内閣に移ることを意味している。これはかつての大日本帝国憲法の緊急勅令と同じである。またこの後には「内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行う」とある。これも大日本帝国の緊急事態財政処分と同じであり、国会の予算議決権が内閣総理大臣に移ることになる。
また、現憲法における緊急事態の宣言は、平常時においても、災害対策基本法と国民保護法があるから、大災害や外国の攻撃、内乱等の重大な事態が生じた場合は国会を開催して国会において論議をし国会の過半数の議決を経て様々な対応をすることが可能である。しかし、自民党草案98条1項に緊急事態の要件には「法律の定めるところによる」と記されている。そして、この法律とは、99条一項にある「法律と同一の効力を持つ政令」のことになる。ゆえに、内閣あるいは内閣総理大臣において緊急事態の法律をつくり緊急事態宣言をし、緊急事態体制に入ることが出来るということになる。しかも、98条2項には「事前・事後に国会の承認を得なければならない」とある。しかし、これは国会における論議と議決を経ないで内閣だけで法律をつくり、緊急事態を適用の事前あるいは事後に国会の承認を得るというものである。また、98条項3項には「国会で不承認の議決があった場合や緊急事態の宣言を解除すべきであるという議決がなされた場合には速やかにこれを解除しなければならない」とある。しかし、事後の国会の承認を得ることについて期限が書いてない。昨年・2015年、安倍政権は衆議院議員の四分の一以上が、臨時国会の召集を求めたところ、憲法53条に「いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」とある。にもかかわらず、臨時国会を召集しなかった。理由は「期限が書いてない」ということであった。ということは、国会における解除の議決を実施しないで、これを放置することができるということになる。全く国会をないがしろにした緊急事態条項である。

■緊急事態の延長の危険性
自民党案には緊急事態の期間の制限が設けられていない。ゆえに危険が去った後も、長期間緊急措置が継続される危険性がある。国の緊急事態権はあくまでも緊急事態という例外的な事態に対する措置であるから緊急事態の期間は厳格に定められる必要がある。ところが制限が設けられていない。
また、98条には「100日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、100日を越えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。」とある。過去参議院の緊急集会は2回行われている。一回目は請求から五日目に開催され、二回目は請求から四日目に開催された。それからすれば100日はあまりにも長過ぎる。これでは東日本大震災から5年たった今でも「非常事態」であると言うことができることになる。

■過度な権力集中と人権制約
自民党案では、緊急事態において内閣は法律と同等の効力を有する政令を制定できる。法律に代わる政令を発することが出来るということは、たとえ国会が閉鎖中であっても内閣は政令を制定できるということになる。従って前述の通り、政府の律法と財政処分に対して国会・国民のコントロールが及ばないことになる。これは人権の制約についても言える。草案の99条の三項には「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係わる事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第一四条、一八条、十九条、二十一条その他の基本的人権に関する規定は最大現に尊重されなければならない。」とある。しかし政令で制定できる対象については一切明文化されていない。従って「人権に関する規定は最大限に尊重されなければならないと」と記されているが、全ての人権を制限できるし、全てに事項について政令が制定できる条文である。上記の十四条、十八条、十九条、二十一条はいずれも自民党草案にある人権保障に関する条文であるが、これらは草案の十三条にある通り現憲法にある公共の福祉に基づいた人権保障ではなく公益・公の秩序による人権保障条文であるから、国家の公益・国家・公の秩序にもとづいて発せられた政令からは現憲法において保障されている全ての人権が制約できる政令を制定することができる。
全ての事項について政令を制定できるということは権力が過度に政府に集中することであるから、公職選挙法を与党に有利な内容に改正することもできる。戒厳令も制定できる。国民の如何なる人権をも制約することができる。そうなると主権者である内閣は国民の報道の自由と知る権利を制限することになる。この報道の自由は主権者である国民の知る権利に奉仕する権利である。しかし、政府がこの報道の自由を制約することによって主権者である国民に必要な政治的・社会的な情報が入ってこなくなる。そうなれば国民は政府の行動をチェックし、国民の意思を国政に反映することができなくなる。だから、政府は国民とは無関係にどんどん暴走できる事態となり、政府は独裁政権になる。
安倍政権は2013年12月に特定秘密保護法を制定した。これは国民の知る権利にも、報道の自由にも制約を加えるものであり、何をしたら処罰されるのかが全く分からない法律である。これは極度に人権を制限し、人の行動を萎縮させる。したがってこの内閣に緊急事態条項についての自己抑制を期待できるかと言ったら回答は明らかにノーである。
また、国会の立法権が完全に内閣に移転する。これはナチスのときと同様の授権法・全権委任法である。政府の独裁を容認する極めて危険な内容である。ナチスの場合は第一段階で国家緊急権を発動して反対党員を逮捕・拘束した。そして第二段階で議会で授権法・全権委任法を強行裁決して独裁を確立した。自民党案の場合は既に国家緊急権の中に全権委任法が入っているため国家緊急権を憲法に創設して発動すれば直ちに独裁が確立する。ゆえに緊急事態条項は「独裁条項」であり、ナチスの国家緊急権より危険な内容である。
帝政崩壊後に発足したワイマール共和国の「国家権力は国民に由来する」と明記し基本的人権の尊重と議会制民主制を保障した。一方で憲法は、危急時には基本的人権を制約して必要な措置を講じることが出来る大統領緊急令を認めていた。
ナチスは、32年の総選挙で第一党に躍進。ヒトラーは元軍人のヒンデンベルク大統領に取り入り、首相任命を得ると大統領緊急令を乱発した。国会議事堂放火事件を口実に反対勢力を弾圧、言論の自由を制限し、政府を批判する集会を禁止した。仕上げは国会審議なしに法律をつくる全権委任法制定。憲法違反の法律制定も可能になり、ナチス以外の政党を禁止して一党独裁化した。
我が国の場合、この草案が万が一国会において通るとなると、怖いのは、上記のナチスのように緊急事態の発令によって現憲法下で民主的であり合憲であるとされたことも真逆の憲法違反の法律制定が日常化されることである。既にわたしたちは、それを安保法制において味わわされている。また、国民は戦前・戦中の最悪にして暗黒の日本を生きることとなる。ゆえにこの草案は決して通してはならない、阻止すべき草案である。

■戒厳令
戒厳とは非常事態に国の統治権のかなりの部分が軍事官権に移る制度である。自民党案では緊急政令の規定の対象事項に限定がないので「戒厳令」を制定することも可能になる。この戒厳令の発動要件について災害やテロを加えることも出来る。災害やテロであれば自衛隊を被災地の救助ではなく、被災地の暴動の抑止や治安の悪化防止のためにも出動させることも出来る(自衛隊法78、81条)。又、災害の場合には流言の防止などを理由に報道の禁止やインターネットの通信も制限される可能性がある。テロの場合はテロ誘発の防止や捜査の理由で報道やインターネット通信の禁止や集会の禁止措置がとられる可能性もある。加えて、自民党の改憲草案では国防審判所(国防軍の軍法会議)が設置されることになるので(9条の2)、戒厳司令官・内閣総理大臣は行政・立法だけでなく、この規定によって司法権も得ることが出来る。あなおそろしや。

■国家緊急権発動前の状態に復元できるか
アメリカの場合を考えてみよう。アメリカの場合は不文の国家緊急権があってこれまでも何回も行使されている。
しかし、アメリカの場合は厳格な権力分立の制度がある。
大統領は議会に法案提出権がない。戦争するときは戦争を決定するのは議会。軍隊を指揮するのは大統領である。権力がきちんと分立している。司法審査についても厳格な審査決定権があって緊急時に大統領が出した法令に対しても
憲法に違反した法令であるならばその全てについて違憲判決を出している。民意もイギリスから独立して自分たちの権利を勝ちとった憲法を制定した歴史があることから権力に対する警戒心、人権尊重の度合いが高い。ゆえに、立憲的コントロールによる復元力はあると考えられる。
日本の場合はどうだろうか。
日本の場合、国会は政府を統制できるかというと、日本はアメリカと違って議院内閣制をとっている。それゆえ国会の多数派が政府をつくっている。そのため国会が政府を統制することは難しい。それでは司法の統制はどうだろうか。現在でも法律や命令の違憲判決はめったに出ない。司法は政府の行為を追認するか、憲法判断を回避するかである。現在でも公共の福祉による人権制約は大きく容認されている。この上、国家緊急権の制度がもうけられたら司法の政府への
統制は全くなくなる。
民意はどうだろうか。日本の場合、国のやることだから信用する。国に任せておけば何とかなる。という気持ちの人が多くはないだろうか。現憲法の前文には「国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」とある。つまり、国は国だから権威があるのではない。国は主権者である国民の信託を受けているから権威があるのだ。しかし、日本の場合、権威がある国に任せておけばなんとかなる。国のやることだから信用する。その結果、その福利を受けるのは大企業や官僚や政府である。だから緊急事態権によって政府が一端握った権力を手放すことは大変困難と考えられる。

■おわりに
それでは今後どうすればよいだろうか
一つは、憲法に国家緊急権は決して設けさせない運動を力強く展開すること。
二つは、わたしたちの日常生活と反権力運動を通して国民一人びとりが憲法に保障された人権意識を互いに高めあい
一人でも多くの人々が現政権が一体何をやっているかについて気づいてもらうこと。
三つは、わたしたち国民が主権者であることに気づいてもらうことである。
各持ち場立場で互いに頑張ろう。
2016年10月19日 矢澤新一郎

今回の参考資料は次の通りである。
永井幸寿著「憲法に緊急事態条項は必要か」
岩波ブックレットNO.945
伊藤真著「赤ペンチェック自民党憲法改正草案」大月書店
石田勇治著「ヒトラーとナチ・ドイツ」講談社現代新書
関西学院大学災害復興制度研究所編「緊急事態条項の何が問題か」岩波書店東京新聞2016年10月4日朝刊
「論説委員のワールド観望」