10月2日に開かれた第7回憲法談話室の報告

 10月2日に開かれた第7回憲法談話室の報告

テーマは「国防軍」。講師は憲法を考える若手弁護士の会の足立啓輔弁護士であった。

■戦争放棄の座に軍隊が居座る
現行憲法は2章に戦争放棄と武力放棄の九条を記している。自民党草案は同じ2章に九条を全く破り捨てた真逆の安全保障という名で「国防軍」を記している。これは自民党・現政権のいう安全保障は武力や軍隊や戦争によるに安全保障あることをいちじるしく物語っている。
■軍隊は国民を守る組織ではない
第一、国防軍は国を守る軍隊という名前であるが、軍隊というのは、いざというときに、わたしたち国民を守る組織であろうか。決してそうではない。軍隊は政府とその指揮系統を守る組織、あるいは政府を批判する国民を攻撃し国民に銃を向ける組織である。だから国を守るという非常事態においては政府と軍隊の作戦の妨げになるものはすべて排除する組織である。現に日本は国を守るという名のもとに太平洋戦争下の沖縄戦では洞窟に避難した一般住民を日本軍が追い出した。そして、泣き声を上げる赤ちゃんを殺すように母親に強要した。また、一般住民にも生きて捕虜の恥を晒すことなく自決せよと集団自決を強要した。また、戦争の末期、旧「満州」中国東北部では、関東軍が日本人の避難民を置き去りにして真っ先に逃げ出した。軍隊は国・政府を守る戦闘のために訓練を受けた組織であってわたしたち国民を守るために訓練を受けた組織ではない。戦闘の邪魔になる人々は、たとえ日本国民であってもすべて非人間的に排除・殲滅する組織である。

■自民党草案の国防軍
この自民党草案にもそのことが書いてある。9条2項に国防軍の役割として「国及び国民の安全を確保するため」とある。これは国民よりも国を重視するということである。また、その改正理由に「独立国家であれば軍隊を保有するのは世界の常識である」と記されている。しかし「軍隊は国家を守るものであり、国民を守るものではない。」これこそ世界の常識である。
さらに、草案9条の2項には、国防軍の統制を「法律の定めるところにより」とある。しかし、そうすることは多数派の政権与党の意向が大きく働く予知があることである。従って憲法の統制になっていないことが明白である。
加えて、9条の2項には「国会の承認」以外に「その他の統制」が記されている。ということは文民統制・非軍人の政治家が軍隊を統制し、政治が軍事に優先する基本方針が徹底していないことを意味する。
また、9条の3項には「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」とある。これは国内において暴動や内乱が起きたときは憲法が国防軍に治安出動を認めるということである。これは要するに国策に合わない国民によるデモや集会などに国防軍が治安維持の名の下に銃を向けるというような軍事的制圧をすることが許されるということである。このように国民に危害を加えることができる内容を憲法が明記することは立憲主義とは全く相容れないものである。
加えてこの9条3項には「国民に領土・資源の確保義務を」課している。
これは中国などの近隣諸国との覇権争いを念頭に置いたものであり領土や資源を守るために国防軍が軍事的な行動をとることが示唆されていることは明白である。さらに、改正理由には「国を守る義務を規定すると具体的理由として徴兵制を問われるから避けたとある」が、それに向けて足場を固める趣旨の規定であって戦争をする国を前提とした規定であることが分かる。 そして、草案9条の4項には国防軍の機密の保持については「法律で定める」とある。ということは国家による情報統制が重視されることであるから、この項は国民主権を大きく後退させるものである。国家の重要な情報は主権者である国民のものであるがゆえにこの条項は憲法にはふさわしくない。
また、9条の第5項には国防軍には特別な審判所・裁判所を設けここにおいて軍人や公務員の軍事機密に関する罪を裁くということが記されている。規定では軍人と公務員が対象となっている。しかし、軍事機密に関与した一般人も広く対象になり得るところから、公開裁判の原則(現行憲法82条)や裁判を受ける権利(32条)に反する恐れがある。ゆえに、国民の人権保障が大きく脅かされる恐れがあることは明白である。

■現憲法の9条の心
現憲法は9条において 戦争と武力の放棄を規定している。一言すれば非武装・中立・不服従の立場である。第二次世界大戦直後、日本は「新しい憲法のはなし」に記されているとおり「一切の武力を放棄したので国としての自衛権は持たない」という立場をとった。敗戦の翌年・1946年の国会で 「正当防衛のための戦争はありうるのではないか」という共産党議員の質問に対して、吉田茂首相が「近年の戦争は、国家防衛権の名において行われた。正当防衛権を認めることが戦争を誘発する」と答えたのは有名な話しである。

■何故自衛隊が生まれたか
ところが、その後、朝鮮戦争が勃発して苦境に陥ったアメリカの対日政策が一変したために日本政府はこれに隷従、1950年に警察予備隊を設置、1952年にはこれを保安隊に改組、1954年には自衛隊法を設けて自衛隊を設置した。従って日本は駐留米軍と共に日本の安全を自衛という名の武力で保障しようと試みる国となった。
それでは、朝鮮戦争の際の米軍の対日政策とは一体何だったのだろうか。
それは次の日米間で交わされた二つの密約において明らかとなる。
その一つは「統一指揮権密約」。これは戦争になったら日本軍は米軍の指揮下に入る。という密約である。1952年と1954年に当時の吉田首相が口頭で結んでいる。この密約が当時の自衛隊の創設から今日の安保関連法の成立までつながっている。
もう一つは「基地権密約」米軍が日本の基地を自由に使うための密約・権利である。

■二つの密約に対する日本政府の対応
基地権密約は日本に勝利した米軍は占領が終わっても日本の国土を世界戦略のために、自分たちの基地として使いたいと欲した結果であった。そして
指揮権密約は、米軍が日本が二度とアメリカの軍事的脅威にならないよう占領が終わった後も日本の軍隊を自分たちの指揮下に置きたいと欲した結果であった。
これに対して日本政府は基地権・日本の基地を自由に使う権利に対してはほぼ全面的に譲歩した。その代わりに指揮権については専守防衛の名のもとに設置した自衛隊と9条の第2項・武力の放棄に基づく国民の声を背景に抵抗し国外での軍事行動については拒否つづけてきた。しかし2015年9月に安倍政権は多くの国民の声を無視して安保関連法の裁決を強行した。この安保関連法の法的根拠と本質は日米の軍事的一体化、戦争になったら日本軍は米軍の指揮下に入る「指揮権密約」にある。それゆえ、これまでは自衛隊の守備範囲は日本とその周辺だけでよかった。しかしこれからは地域的な縛りを全くはずして戦争が必要と米軍が判断したら自衛隊は世界中どこへでも米軍の指揮下に入ってたたかわなければならなくなったのである。

■平和は武力では得られない
2006年版の防衛白書によると「専守防衛とは、相手から武力攻撃をうけたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限度野茂のに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいう。」と説明している。ここでわざわざ「憲法の精神にのとった」と強調しているのは憲法9条が自衛のための武力の保持と行使を禁じているからである。第9条2項は「戦力の不保持」を明確に禁止しているが歴代保守政権は「自衛力は」は戦力ではない。実力組織としての自衛隊は軍隊ではない」と主張してきた。その主張は第9条は「主権国家としての固有の自衛権を否定するものではない」という政府解釈に基づいている。しかし、第9条はそもそも第1項において「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を放棄している。さらに第2項はどのような戦力ももたないことと、国の交戦権を認めないことを規定している。その意味で憲法9条は人類史において画期的な意味を持っている。とりわけ第2項が規定する戦力不保持と国の交戦権の否認は世界の憲法にもまれな先進的な条項である。ゆえに戦力・武力の保持を前提とする専守防衛論の自衛隊も明らかに戦力・軍隊であるがゆえに憲法違反である。現に日本は太平洋戦争において2300万人の尊い命を殺戮した。日本は敗戦において侵略戦争の反省と平和は武力によっては得られないという反省のもとに9条を提案した。それゆえこれを国防軍に変えることは決してゆるされないことである。また、この9条ゆえに70年間戦争しない、また巻き込まれることはなかった日本である。平和は武力や戦争によっては得られない。この反省・9条への回帰こそ真の平和をつくり出す原点である。

■隣国への四つの心得
こうした中で日本が位置する東北アジアでは朝鮮民主主義人民共和国をめぐる緊張感が続いている。たしかに北朝鮮による弾道ミサイル発射や核実験は、日本をはじめとする周辺諸国にショックと脅威感を与えた。核開発にせよ、拉致問題にせよ、北朝鮮政府の行動は納得のいかないものばかりである。しかし、北朝鮮はナチス・ドイツやかつての軍国主義日本のように領土拡張政策をとっているわけではない。そもそも北朝鮮は他国と戦争をするどころか自国民を食べさせるにも事欠くほどの国力しかない現状である。そこでわたしたちは北朝鮮の瀬戸際外交を批判すると同時に今にも日本にミサイルが飛んでくるかのように北朝鮮の脅威を過大に言い立てる政治家や軍拡論者、一部メディアに対してもはっきり反論する必要がある。これまでの北朝鮮の行動は六者協議や米朝会談居おいて有利なカードを握るための準備と見るべきである。
北朝鮮だけではなく中国、韓国との関係を考える際に忘れてはならないことがある。
第一は中国、韓国、北朝鮮はこれまで一度も日本を侵略したことがない(元寇を除く) のに対して、日本は豊臣秀吉の朝鮮侵略以来、日清戦争・日ロ戦争と1930年代から1945年に至るまで何度も朝鮮半島を侵略し、朝鮮全土と中国東北部を長期にわたって植民地化し、多大な被害と殺戮を繰り返したという歴史的事実である。
第二はいわゆる村山談話以来の歴代の首相が公式の場でその内容を再確認しているのにもかかわらず、一方で政府要人を含む多くの有力政治家が歴史を歪曲し、侵略戦争を弁護・正当化するような言動を繰り返してきた事実である。これは偏狭な歴史修正主義とナショナリズムであるが、今日政治家レベルだけではなく小泉元首相の靖国参拝を契機に戦争の悲惨さを知らない若い世代を含む一般市民にも広がりを見せている。
第三は今の日本は軍拡路線をひたすら走り、世界でも五本の指にはいるほど有数の軍備を擁し、さらに最強国アメリカと軍事同盟を結んで出撃基地を提供し、現にアフガニスタン・イラク戦争においては出兵し侵略の一端を担っているという事実がある。
第四は、尖閣諸島の問題について明らかなように外交の劣悪さである。尖閣諸島の問題は日本と中国が棚上げにしてあった問題であった。ところが、民進党政権時、日本が一方的に我が国の領土としてしまったことからの紛争である。あまりにも一方的なエゴイステックな対応であった。政府はこれを
自ら招いたことであるのにもかかわらず中国の脅威を煽り軍拡に利用している。
これら四つの事実は、中国や北朝鮮半島に住む人々が日本に対して不安感や危惧を抱いても決して根拠がないとは言えないことばかりである。というよりもこれらの事実から日本政府並びにその関係者はかつての侵略の事実に真面目に取り組もうとせず、これを裏返して彼らは現憲法(9条の2項)
では今にも攻めてくるかも知れないから、さらに軍備を増強してこれに備えなければならない、と国民を煽り、国民を軍拡と米軍との一体的な軍事行動のために利用するだけ利用する魂胆である。そこでわたしたちが今、しなければならないことは「あの国が攻めてくるかも知れない」という現政権のプロパガンダには決しての乗らないことである。彼らは攻めては来ない。侵略してきたら、かつての侵略者・日本と同じように国を滅ぼす敗残者となることを知っているからである。日本の政権は愚かにも、自らが侵略者となったことも東京裁判も否定し、靖国神社にA級戦犯を祀りアジアの救世主であったと誤認して米軍と共に世界の覇者となる幻想を抱いて国民いじめをしているのだから正気の沙汰とは言えない存在である。

■ あきらめるな 米軍撤退は可能。
1950年、日本の警察予備隊の創設者となったフランク・コワルスキー大佐は憲法9条について次のように言っている。「1947年に憲法が発布されてからの数年間憲法9条は再軍備を禁止する条項として日米双方に受け入れられていた。しかしこの見解は、1950年に日本から朝鮮へ向けて占領軍が出撃したとき、完全に崩壊した。アメリカが日本の保守政権と足並みを揃えて日本の憲法を無視した事実は、如何なる詭弁を使っても正当化できるものではない。」憲法9条についてアメリカにもこうした自戒があったのである。しかも、日本政府は「戦争になったら自衛隊はアメリカ軍と一体となって戦場にゆく」という密約があったにもかかわらず、憲法9条を盾に2015年の安保法制までこれを拒否・抵抗してきた。それは安保法制によって再び憲法9条が無視され崩壊した。と言える。しかし、憲法9条は制度的・政治的には無視され崩壊したが、復活してわれらの指標として生きている。ゆえに、この憲法9条の政治的・制度的な復活を目指して力強くたたかってゆこうではないか。
日本の戦後70年、それは日本とその背後にいる米軍を憲法9条によって縛ることが出来た70年であった。その意味で憲法9条は立憲主義の最たるものであり、今後の日本の政権をも縛るものである。国民を縛る自民党の憲法草案に抗して現政権を縛りつづけるたたかいを構築してゆこうではないか。
よく日本人は沖縄に米軍がいるのも、本土をはじめ首都圏に米軍がいるのも「戦争に負けたからしかたがない」と言います。しかしそんなことは全くない。毅然として、国際社会のルールにのとって交渉すれば、イラクのように戦争で惨敗し、GDPは日本の50分の1であり、隣にイランという巨大な敵国を持つ国でも米軍を撤退させることは可能なのである。
また、日本人のほとんどが日本はれっきとした独立国であると思い込んでいる。しかし、独立国の三つの要素・国民、領土・領域と主権は前述の二つの密約において成立していない。確かにわたしたち国民はいる。しかし日本の上空は外国軍によって支配されていることから事実上国境はなく主権も成立していない非独立国なのである。
そこで、今わたしたちに与えられている大きな課題が二つある。
一つはアメリカに隷従する政権を倒すこと。もう一つは新しい政権と共に毅然として米軍と交渉において米軍撤退を勝ちとり領土と主権を取り戻し独立国となることである。共に頑張ろう。
2016年12月2日
矢澤新一郎
参考資料
伊藤真著 「赤ペンチェック自民党改憲草案」 大月書店
市民意見広告運動著 「武力で平和はつくれない」 合同出版
矢部寛治著 「日本はなぜ、戦争ができる国になったのか」 集英社
前泊博盛編著「日米地位協定入門」 創元社

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